2017年10月22日日曜日

胡坐がかけないのでストレッチします

目標に手が届いてしまった
これは素直にうれしい
2週間ほどして、新たな目標が「3つ」出来た
勿論、この3つに固執しているわけでは無く
色々やっている中で完登につなげたい。
一方で、軽く考えていたものが登れず・・・
得手不得手、慣れの可能性もあるが、
要は実力不足の過大評価野郎になっていたわけで、、
いや、むしろ、否応無に弱点が炙りだされたのだろう
客観的な自己解析をしなければいけない

とても長い駄文を書き連ねてしまった・・・
このブログの結論はタイトルに集約されているので
以下は、タイトルに至ったもっともらしい理由を後付けした文章である。
なので、すっごく暇な人が時間つぶしに読むくらいものです。



自分の登りを思い返してみる、、、
少なからず強みがあると思っている
一方で、様々な弱点があることも自覚している
それを正確に認識できているかは分からないが、、、
「あ~、これがもっと強ければ、、」
「あの人の様に、あの動きが出来れば、、」
と思う点が多々ある。
それらを”本当の意味”で克服するには、
個別のトレーニングに加えて総合的なトレーニングも必要なのだろう。
クライミングにおける強さとは、
客観的な数値で表せるものでもないし、
一義的に決まるものでもない
評価基準は課題が登れたかどうか
そのムーブが起こせたかどうか
という、とても曖昧な基準になる。
登れない課題の中に出てくる”起こせないムーブ”は、
本当に、一つの問題点だけで解決されるのか?
要は、保持力ってなんだってっていう
”登れない人類”が誕生してからいまだ解決されていない、
そして悩み続けるであろう永遠のテーマに帰結される。


クライマーなら皆、強くなりたい、保持力を強化したいって思う。
その保持力って「実はとても複雑なのではっ?」て思っている。
それを何故か、”保持力”という至極単純な言葉一つにまとめ上げている、
”保持”という良くわからない抽象的な単語にまとめ上げる事しかできない点にも、
その複雑さが表れているように思う。
具体的にピンチ力の一つを取ってみても、
ピンチの幅、傾斜、距離、足位置、持ち感、体の角度、等々、、、、
そこに関わる要素は多岐にわたり、
それらをひっくるめてはじめて、
「ピンチ力」という言葉になるのでは??
何をどのようにトレーニングすれば”ピンチ力全体”の強化につながるのか?
明確な回答を出すにはとても難しい
つまり、ピンチが出てくる様々な課題を10本取り組めば克服されるとも思えない
だって、その課題で出てきた状況って、一期一会で、ほぼ再会出来ないじゃん?

これらの細分化した個々の弱点克服が、
クライミング力(この文章内では総合力って意味で使っている)の向上にどれだけの寄与があるか?
もちろん不断の努力は、いつか実を結ぶだろう。
目標の課題が登れるかもしれない。
明確な目標に向けた個別のトレーニング
例えば、ギュリッヒのキャンパシングボードの開発は「Action directの完登」という答えを導いた。
では、自分の場合はどうだろうか?
「強くなりたいなんていうぼや~っとしたビジョン」
頑張って明確化したところで、
精々、いくつかの登りたい課題があるくらいだ
そこにはギュリッヒ程の執着もない。
そもそもとして、「ある課題に特化したトレーニングをするほどの基礎地」が構築されているだろうか?
どのようなトレーニングを、具体的にどれくらい行えば、
納得できるクライミング力が付くのか見当がつかない。
結局、なにかしらの課題が登れたかどうかという、
客観的な数値では表せないファジーな判断基準となる
そして、また登れない課題が現れて凹む・・・


あまりに些末な事にはこだわらず、
より俯瞰的な視点から、クライミング力の強化を考える。
大雑把に次の二つのアプローチがあるのではないかと考えている
1) 個別のトレーニング
・キャンパ
・体幹トレーニング
・フォームの修正につながる個々のホールディングにおける大きな筋肉の使い方の習得
などなど
2) 総合的なトレーニング
・無駄のない登りにつながる登り込み、追い込み
・ジムにおいて、出来ない強度の課題に執着して取り組む
・ムーブの経験値の蓄積
などなど


そんなことを考えていると、
また、別の感情が首をもたげる

その過程は、日々のクライミングを趣味として「楽しく」続けていけるだろうか?
ストイックな追い込みを続けられる精神力とモチベーションはあるのか?
そして、自身の目指すクライマー像とはどのようなものなのだろうか・・・
現在はまだまだ距離が遠すぎて、
憧れる目標の課題が見えていない
イメージすらできない
それよりも今は”ad libitumな登り”がしたいのだ

僕の中でのad libitumな登り(ボルダーにおいて)とは、以下のようなものだと考えている。
理想は、オンサイトまたはFlush
次は、グランドアップによる完登(少ないトライ数程よい)
触れる範囲のホールドを確認してからのグランドアップによる完登
ここまでがad libitumな登り、以下は完登にこだわった登り
バラシによる何となくのパート練(ムーブの構築程度)の後に完登
徹底的なパート練(バラシでのそのムーブは失敗しないレベル)の後につなげて完登

つまりは、未知の部分が残っている状態で
自由度を持った登りがしたい
体に染みついた個々のムーブを繋げて、
一つのシーケンスが出来上がる
端から見ると美しい登りでは無く
その瞬間、瞬間に
正に岩と対峙し、
ひねりだせたムーブで完登したいのだ
もちろんこれは理想であって、
現実は完登できることを第一に考えてしまってはいるが・・・


脱線してしまったので話を元に戻す、、、
クライミングを5年近くやってるので、最低限のスペックは搭載済みであると仮定したい
というか、信じたい。
最も強い部分を100%としたときに、
70%程と考えれる弱点を80%へと上げる努力は、
20%程の本当の弱点を30%に引き上げる努力よりも膨大だと思う。
クライミングを始めた当初から万遍なくクライミング力がアップしてきたなら良いが、
相当いびつなクライミング力を持った自分が形成されているはずだ
あるときは自身の強みが発揮され完登
ある時は弱みが前面にでて敗退
またあるときは、
強みが弱みをカバーして完登。
何て事があるだろう
つまり、同じ弱点でも
課題によって顕在化する弱点と
顕在化しない弱点が存在ということだ。
実は、この顕在化しない弱点にも、
トレーニング効率の良い部分がまだまだ、多分に含まれているのではないか?
この顕在化しない、カバーされてしまう弱点が
実は最もやっかいで、見えない足枷となってる気がする。

樽で例えれば、
板が一番短い部分のトレーニングが、
樽の体積を増やすのに最も効果的だ
しつこいようだが、
保持力なんていうクライミングを定期的にやっていれば徐々に身に付くモノというよりかは、
もっと根本的なものが樽の体積に最も寄与しているかもしれない。
強み、その他の部分でカバー可能だが、
カバーできてしまっているが故に、
日々の惰性とまでは言わないまでも、追い込んでいない登りのなかで鍛えられなかったもの
ギリギリのクライミングをしないことで顕在化しなかったもの
顕在化しているが気が付けなかったもの
課題の偏りにより顕在化しなかったもの
そこを見つけ出し、20%→30%変化をもたらす比較的少ない努力をする
その変化の結果は、見えない足枷を取り外す。
つまり、クライミング力への波及効果が絶大で、
相乗的な向上をもたらす可能性がある。


以下がここ暫くの妄想による帰着点だが、
それなりにクライミングをしている僕にとっての根本的な問題点
それは、

「股関節の硬さ」
なんじゃないかと・・・

胡坐がかけないレベル
これはトレーニングとか登り込みをしないでも、
ストレッチで何とかなるから改善しやすい
今まで乗り込みしないでキョンぽく手を出したり
皆が蟹股でランジするところをキョンぽくしていた
それは、自分の強みだと思っていた。
しかし、股関節が開かず体が岩から離れるのを解消するためのキョンだった可能性がある。
実は最近、キョンでは如何ともしがたい課題をいくつか体験してきた。
それらによって再確認させられた次第である。

長々と書いて来たが、
要するに股関節のストレッチをすることにした。
というかしている。